ログインアルベルトとの食事も終わり、「今夜は早く休めよ」との言葉を残して彼は部屋から出ていった。「いかがでしたか? このお部屋での陛下との初めてのお食事は?」 食事の後片付けに現れたのは新しくメイドになったエバだった。「そうね。何だか不思議な感じがしたわ」 アルベルトの気持ちが全く理解出来なかったので、曖昧に答えた。「クラウディア様、明日は朝から陛下と外出をされるのですよね? 入浴の準備をいたしましょうか?」「そうね。それじゃ準備だけしてもらえる。後は全て自分で出来るから」「え……? ですが……」 戸惑うエバ。けれどそれは無理もない話だろう。私のような身分の者が、誰にも手伝ってもらわずに入浴することはあり得ない話だろうから。 けれど、日本人で更に働く主婦だった頃の記憶が強く残っている私にして見れば入浴を手伝って貰うことこそ論外だった。 何しろ子供の入浴に関しては、夫の手を借りずに自分一人で行ってきたくらいなのだから。 「いいのよ、それくらい1人でするから準備が終わったら貴女も休んで?」「はい、ありがとうございます」 そしてその後エバは入浴の準備をすると、「お休みなさいませ」と挨拶をして部屋から去っていった。****「ふ〜……いいお湯だったわ」 入浴を終えると、時刻は22時を過ぎていた。「明日は9時に出発すると言っていたわね……」 アルベルトから与えられたこの部屋には鍵付きのライティングデスクが置かれている。鍵を開けて引き出しを開けると、そこには日記帳が入ってる。 この日記帳は私が曾祖母から受け継いだ日記帳であり、様々な【錬金術】の方法が記述されている。 記憶にはあまり残っていないが、私の曾祖母は優秀な錬金術師だった。そして私は彼女の血を色濃く継いでいた。 そして……私が【錬金術】を扱えるのは私と、曾祖母だけの秘密だった。「この日記帳に水を作り出す【錬金術】の記述があったと思うけど……。 ページをパラパラとめくりながらため息をついた。 水を作り出す【錬金術】は今まで一度も試したことが無かった。一旦【錬金術】を行えば、私はトランス状態に入ってしまい時間の経過が分からなくなってしまう。 今更ながら思う。何故、過去の私は自分の【錬金術】の力を皆の為に使わなかったのだろうと。 アルベルトとカチュアの仲ばかりを嫉妬し……自分
アルベルトは少しの間、じっと私を見つめている。「クラウディア、今の言葉……本気なのか?」「はい、本気です」「そうか……やはり……ったな……」アルベルトは小さく呟いた。けれど、最後の言葉が聞き取れない。「陛下? 今何と仰ったのですか?」「いや、何でもない。だが、国のことを考えての発言ならこれほど嬉しいことはないな。何しろお前は将来国母となるのだから」「国母……」 本気でアルベルトはそんなことを考えているのだろうか? 過去世ではカチュアと恋仲になり、私を断頭台に送ったのに?「そうだな、この際お前を王妃に迎えることを国中に知らせる為にも領地を巡ったほうが良いかもしれないな。それでは明日、もし体調が良ければ俺と一緒に領地の様子を見に行かないか?」「はい、それは構いませんが……一体、今この国の領地では何が起こっているのですか?」 すると、途端にアルベルトの顔つきが変わった。「最近……領地のあちこちで日照りが続いている。水路は干上がり、井戸水が枯れかけている」「え……?」 その話を聞いて、思い出した。そう言えば、回帰前も同じことがあった。私が嫁いでからは1日も雨が降らず、領地の各地で水不足が起こった。その為にアルベルトは領地の視察の為に城を空ける日々が続き……そしてカチュアが現れた。 そうだった。あのとき、カチュアがアルベルトと共に領地を視察し……やがて、雨が降って領地は救われた。 今回もアルベルトはカチュアと一緒に領地を回っているのだろうか?「どうした? クラウディア?」アルベルトに声をかけられ、不意に我に返った。「あの、陛下に伺いたいことがあります」「何だ?」「もしかして、領地の視察に……カチュアさんを連れているのですか?」「何だって? 何故そう思うのだ?」 アルベルトが眉をしかめた。ひょっとすると、違うのだろうか?「いえ、彼女は……この国の『聖なる巫女』ですから」「クラウディア。以前にも話したかもしれないが、俺は別にあの女を『聖なる巫女』とは認めていないからな? 宰相や神殿の奴らが勝手に盛り上がっているだけだ。第一何故俺があの女を連れて領地の視察に行かなければならない?」 でも貴方は過去の世界ではカチュアを連れて領地を視察したのだと……そんなことを言えるわけなかった。ここはもう、素直に謝ってしまったほうが良さそうだ。
食事が並べられ、リーシャが部屋から去ると早速私とアルベルトの夕食が始まった。「やっぱり、どんなに忙しくても夕食位は2人で一緒にとりたいからな」アルベルトは何か良いことでもあったのか、笑みを浮かべながら語りかけてくる。「そうですね……ところで陛下。何か良いことでもあったのですか?」「ああ、もちろんあった。クラウディアの目が覚めたからな」「え……?」あまりにも予想外の台詞に、フォークを持った手が止まってしまう。「どうした? 食欲でもないのか?」ナイフとフォークで、肉料理を切り分けながらアルベルトが尋ねてきた。「い、いえ。何でもありません」ごまかすために、サラダを口に運んだ。「そうか? まだ体調が良くないのではないのだな?」どこか心配そうな眼差しで私を見つめるアルベルト。「はい、大丈夫です」「ところで今日、宰相と『聖なる巫女』が尋ねてきたそうだな?」突然アルベルトは話題を変えてきた。「はい、そうです」「部屋に入れたそうだが……何故、彼らを招き入れた?」「え……?」「お前は今日、目が覚めたばかりなんだぞ? 体調だって本調子ではないのに……それなのに奴らを部屋に入れるなど……」「陛下……?」アルベルトは何だか苛ついているようにも見える。そして、ふと気づいた。そう言えば……アルベルトは今までにカチュアの名を口にしたことがあっただろうか?「何か2人から言われたりしなかったか? どうせ奴らのことだ。ろくな話では無かっただろう?」そしてアルベルトはワインを口にすると、じっと私を見つめてきた。いつもなら話の内容を報告する気は無かったけれども、今回ばかりはそうはいかない。何しろ私について、良くない噂が流れているのだから。「あの、陛下。お伺いしたいことがあります」「何だ?」私をじっと見つめるアルベルト。「リシュリー宰相とカチュアさんから話を聞きました。城中で私の悪い噂が流れていると」「何? 病み上がりのお前に、あの2人はそんな話をしたのか?」アルベルトが眉をしかめた。「その反応……つまり、事実ということですね?」「隠していても仕方が無い。確かにそうだ。だが事実無根だ。何も気にすることはない」そして再びアルベルトはワインを口にした。「ですが……気にするなと言われても私はただでさえ、敵国の王女だということでこの城の人々か
宰相とカチュアが帰った後。病み上がりで精神的疲労も重なったので、今日はベッドで休むことにした。「明日からまた今後のことを考えればいいわね」そして私は眠りに就いた―― 誰かの人の気配でふと目が覚めると、リーシャが蝋燭で部屋の明かりを灯している最中だった。「あ、お目覚めですか? クラウディア様。勝手にお部屋に入り、申し訳ございませんでした。ノックをしてもお返事が無かったものですから」リーシャが申し訳なさそうに謝る。「そうだったの? 別に気にしなくていいわよ。それにしても灯りを灯す時間まで私は眠ってしまっていたのね。今は何時なのかしら?」「はい、19時を過ぎた頃です」「え? そんな時間だったの?」確かベッドに入ったのは14時を過ぎていた。それが5時間も眠ってしまっていたなんて……。「昼寝にしては寝過ぎね」苦笑しながらリーシャに話しかけると、彼女は首を振った。「いいえ、クラウディア様は病み上がりなのですからゆっくりお休みになって下さい。それで食事のことですが……お召し上がりになりますか?」「そうね……それでは持ってきてもらおうかしら?」私が早く食事をしなければ、厨房の人達も休めないだろう。「はい、承知いたしました。すぐに伝えて参りますね?」笑顔でリーシャは返事をすると、残っていたランプに灯りを灯すと部屋を出て行った。「フフフ……私ったら厨房の人達のことを気に掛けるなんて、完全に主婦目線じゃない」そしてふと、置き去りにしてしまった葵と倫のことが思い出された。「あの子達……私がいなくなった後、御飯ちゃんと食べているのかしら?」掃除や洗濯は出来ているのだろうか?単身赴任中だった夫は……子供達と暮らしているのだろうか……?もう二度と会えない私の愛する家族。今の私には3人の幸せを祈るしか無かった――****「お待たせいたしました、クラウディア様。お食事をお持ちいたしました」リーシャがワゴンに乗せて料理を運んできた。「ありがとう、リーシャ。……あら?同じ料理のお皿が2つずつあるけど、貴女も私と一緒に食事をするのかしら?」 ワゴンの上に乗っている料理を見て、思わず首を傾げながらリーシャを見た。「いえ、それが実は……」リーシャが言いかけた時――「私がこの部屋に2人分の料理を運ぶように命じたのだ」驚いたことに、アルベル
そんな噂が流れていたなんて……。「お2人とも、貴重なお話を教えていただき、どうもありがとうございます」にっこり笑って感謝の言葉を述べると、宰相もカチュアも意外そうな表情で私を見た。「い、いえ。礼には及びませんよ」「そうですね。お役に立てて嬉しいです」ひきつった笑いを浮かべる宰相とカチュア。「それでもうお身体の方はよろしいのですか?」カチュアが尋ねてきた。「ええ、そうですね。本日目が覚めたばかりですので、まだ本調子ではありませんが明日にでも城の中を歩けそうです。城の人達に私が健全な姿を見せておかなければなりませんからね」私の頭がおかしいだとか、精神を病んでいる等と噂を立てられればこの先私の立場が悪くなるのは目に見えていた。今回はもう処刑されるわけにはいかない。少しでも自分に不利な状況は取り除いておかなければ。「さようでございますか。クラウディア様の健全な姿を城の者達が見れば皆、安心するでしょうな。では我々はこの辺で退散することにしましょう。あまりクラウディア様を疲れさせるわけにもいきませんからな。明日からはまた元の生活に戻られるのですから」「そうですね。リシュリー様。それに今はあの問題が起きているせいで陛下も大変忙しい時ですから。私達が気を配らなければなりませんしね」 カチュアは意味深な話をするも、私はあえて尋ねないことにした。彼女が私に自分の話を引き出させようとしているのが目に見えて分かったからだ。「……」 私は黙って紅茶を飲んで聞き流すことにした。すると案の定、カチュアはチラチラとこちらを気にしている。「さ、さて。それではそろそろ行くとしよう」「そうですね。リシュリー様」宰相とカチュアが立ち上がったので、私も2人を見送る為に席を立った。「リシュリー宰相、カチュアさん。お忙しい中、お見舞いに来て下さってありがとうございます」「いえ、それでは失礼いたします」「お元気になられて良かったです」宰相とカチュアは交互に挨拶をすると部屋を出て行った。――パタン 2人が出て行き、扉が閉ざされるとため息が漏れてしまった。「ふぅ……疲れたわ……」今回は回帰前に比べて、宰相もカチュアも私に絡んでくる回数が多いように感じる。けれど、それは私とアルベルトの関係が今のところ悪くないせいだろう。「けれど、私に関する悪い噂はまずいわ
「陛下に部屋の交換は断られてしまいましたが、やっぱりいつ見ても素敵な部屋ですね」私が2人の向かい側のソファに座ると、早速カチュアが何処か皮肉を込めながら宰相に話しかけてきた。「まぁ陛下が反対したのだから仕方あるまい。しかし、神殿に立派な部屋を用意して貰えたでは無いか?『聖なる巫女』専用の』「はい、そうですね。神官の方たちに良くして貰えて、本当に感謝しかありません」「ああ、全くだ。特にこの間の宴は素晴らしかった。料理も、振舞われた酒も全て一級品だったしな」 リシュリー宰相とカチュアはわざと神殿の話を持ち出して、私の存在を無視するかのように2人だけで盛り上がっている。私は黙ってその様子を見つめていた。私に対する嫌がらせだということは分かっていたからだ。 そこへノックの音が部屋に響きわたり、「失礼します」と言ってマヌエラがワゴンに3人分のお茶を運んできてくれた。「お茶をお持ちいたしました」マヌエラはワゴンを押しながら部屋に入り……宰相とカチュアが2人だけで話をしている姿を見て、眉をしかめた。「ありがとう、マヌエラ」「いいえ」声をかけるとマヌエラは返事をしたものの、明らかにその目には不満が宿っている。「テーブルの上に置いたら、下がっていいわよ」「はい……」マヌエラは私たち前に紅茶を置き、「失礼いたしました」と言って退室した。「……」黙って紅茶に手を伸ばすと、わざとらしく宰相が声をかける。「おや、これは失礼。つい、『聖なる巫女』と話が盛り上がってしまいましたな」「いえ、どうぞお気になさらずに。それで、リシュリー宰相。先程お話されていた私に関する悪い噂とは一体どのようなお話なのでしょうか?」紅茶を一口飲むと、宰相に尋ねた。「ええ、よろしいでしょう。実は今城中でクラウディア様に関しての悪い噂が流れてしまっているのですよ」「そうですか。城中に……ですか?」 私の身体に緊張が走る。回帰前も私に関する悪い話が城中どころか、国民達の間に広がった。その結果、『国を亡ぼす悪妻』と称されて処刑されてしまった。けれどもそれらは全て身に覚えがあり、誇張されてしまったのが原因だった。 しかし、今現在私は自分に関する悪い噂が流れていると言われても、全く心当たりはない。何しろ私はまだこの国に到着したばかりで、さらに5日間もベッドに伏していたのだから







